この本は、定年後を扱った他の多くの本とは少し趣きが違って、人はなぜ生きるのか、どう生きるのかという、哲学の中心的なテーマについて考察しています。
定年後は、そのまでとは対人関係のあり方が変わるため、それにどう対応すれば良いのか、アドラーから学ぶことが多いとして、アドラー心理学の第一人者である筆者が、アドラー心理学が教える定年後をよりよく生きるための秘訣について書いています。
筆者の岸見一郎さんは、プラトン哲学など西洋古代哲学を専門とされる哲学者であるとともに、アドラー心理学を研究されて日本に広く紹介してきた心理学者で、日本アドラー心理学会顧問でもあります。
著書に、「嫌われる勇気~自己啓発の源流「アドラー」の教え」(古賀史健さんと共著:ダイヤモンド社)、「アドラー心理学入門~よりよい人間関係のために」(ベスト新書)、「愛とためらいの哲学」(PHP新書)など多数あります。
この本は、次の6章で構成されています。
- 第1章 なぜ「定年」が不安なのか
- 第2章 定年に準備は必要か
- 第3章 あらためて働くことの意味を問う
- 第4章 家族、社会との関係をどう考えるか
- 第5章 幸福で「ある」ために
- 第6章 これからどう生きるのか
この本の前半で、筆者は「なぜ「定年」が不安なのか」「定年に準備は必要か」について書いています。印象に残ったのは次のような点です。
- 職責の上下が人間の上下とみなされることがある社会においては、定年を迎え仕事から離れると、もはや自分に価値があると思えなくなる人がいる。
- 定年後はこれまで生きてきた世界がほとんどなくなり、しかも定年前の社会的地位がまったく意味をなさなくなるので、会社を辞めることが死にも等しいように感じる人もいる。
- 定年後の人生の準備としてしなければならないことは、自分と他者は対等の関係であり、自分が特別でなくてもありのままの自分であっていいと思えるようにすることである。
- 自分に価値があると思えるようになるには、自分の長所を知ることと貢献感を持つことで、働くことでしか貢献感を持てなかった人にとって、定年後の人生はつらいものになる。
この本の中盤で、筆者は「あらためて働くことの意味を問う」「家族、社会との関係をどう考えるか」について書いています。印象に残ったのは次のような点です。
- 定年はそれまでの仕事を辞めるというだけで、違うことを始めるチャンスである。何かをしなければ気がすまなかった人が、「何もしないこと」を始めるチャンスでもある。
- 仕事は何のためにするのかといえば、他者貢献だと考えている。貢献感を持つことができれば自分に価値があると思え、対人関係の中に入っていける。
- 定年前仕事上での役割の仮面を外せなかった人は、定年後も外すことができず、対人関係の中に上下の関係を持ち込むが、なぜ自分が受け入れられないか、その理由が分からない。
- 他者を敵と見なし、対等の存在と見られない限り、定年後の対人関係はつらいものになるが、成熟した愛の関係の中で生き始めたら、定年後の人生はつらいものでなくなる。
この本の後半で、筆者は「幸福で「ある」ために」「これからどう生きるのか」について書いています。印象に残ったのは次のような点です。
- 今は将来の準備期間でもリハーサルの時でもない。今生きている人生が本番なのである。定年後の人生も本番が終わって幕が降りてからの人生ではなく、本番は続く。
- 定年の前からも、成功ではなく、幸福を目標にして生きることができれば、定年後、環境が大きく変わっても、そのことで生き方が大きく変わることはないだろう。
- 勉強のために読書をしてきた人でも、定年後はまったく違う読書ができる。読まなければならない本はないし、速読をする必要もない。読んでいる時に楽しいと思えたら良い。
- 定年後は新しいことを学ぶとしても、若い頃学んだことを学び直すにしても、有用性や義務感から離れ自由に学ぶと、毎日の時間の経ち方が違ったふうに感じられるようになる。
- 若い時であれ、定年後の人生であれ、今しか生きることはできない。後悔することも不安になることもなく、今日という日を丁寧に生きる。これが今私たちができることである。